ビジネスを継続していくために――BtoB企業に不可欠な「分析の知」

 「企業の存続と繁栄の源泉はどこに? BtoBマーケティングから考える日本企業の未来」では、基本原則として会社として掛かるコストをお客様が負担してくれなければ潰れてしまうということを書きました。コストをいかにお客さまに負担していただくのか、数と額の両面とビジネスモデルも含め、皆さんも常々工夫をされているのではないでしょうか。

 このような絶え間ない工夫をしている組織や個人がいるかと思えば、個人情報保護法の影響であったり、オフィスのセキュリティ強化の実体を無視してバブル時代の営業手法を引合いに出したり、ホームページさえ立ち上げればモノが売れると考えるような思考の持ち主が現場の混乱を招いているのは残念なことです。

 ビジネスを継続していくためにはお客さんになってくれる人、組織を見つけることが必要なのは言うまでもありません。そして在る程度事業が回るようになった段階になると、安定的な取引があったとしても特定の企業に依存しすぎてしまうという経営上のリスクとどう向き合うかという課題に直面します。

 著者も同様の悩みを抱えています。ただそれほど大きい組織ではないので、顧客数をいきなり増やすという施策ではなく、取引先リストをより自社の経営状態に寄与してくれる相手に絞って更新する努力をしています。

 具体的に企業間取引(BtoB)を主体としている企業自らがリード創出を行おうとした場合、どんなパターンがあるか見てみましょう。


BtoBを主体とする企業は「テレマ」「リード獲得型WEBメディアサービスの利用」「展示会、メディア主催セミナーへの参加」「自社主催セミナー」などからリードを創出して絞り込み、営業へつなげる

こうやって見てみると、企業間取引(BtoB)でリード創出は地道な活動の積み重ねであることが分ります。そして、このように苦労して集めた情報が営業活動の成果につながらないなどの声をよく耳にします。いったい、何が問題なのでしょうか?

 この問題を多くの人が認識しているからこそ、インバウンド・マーケティングであったり、マーケティング・オートメーション・ツールへ注目が高まってきている要因がある気がします。

日本のBtoBマーケティングはこれから

 第1回では多くの企業がリード創出のために行っている施策を確認しながら、そこから得られる結果に対しての不満や解消すべき課題の存在に触れました。ここに、このような数字があります。

主要材型(電子部品・半導体) ソリューション型(ERPシステム)
取引先業者からの案内・提案を受けて 47.6 取引先業者からの案内・提案を受けて 41.7
他の業者からの案内・営業を受けて 21.4 他の業者からの案内・営業を受けて 11.7
他社に導入が広がっているようなので 9.5 他社に導入が広がっているようなので 18.3
経営層の意思により 16.7 経営層の意思により 35.0
R&D部門や調達部門の提案により 31.0 システム部門の提案により 36.7
生産部門や事業部門が
自らの課題への対応策として提案
23.8 環境部門が
自らの課題への対応策として提案
15.0
生産部門や事業部門の課題を受け、
R&D部門や調達部門が対応策として提案
19.0 環境部門の課題を受け、
システム部門が対応策として提案
16.0
その他の社内の動き 14.3 その他の社内の動き 6.7
消耗品・備品型(オフィスサービス) パッケージ型(業務用パッケージソフト)
取引先業者からの案内・提案を受けて 46.0 取引先業者からの案内・提案を受けて 61.4
他の業者からの案内・営業を受けて 12.0 他の業者からの案内・営業を受けて 7.0
他社に導入が広がっているようなので 4.0 他社に導入が広がっているようなので 5.3
経営層の意思により 6.0 経営層の意思により 14.0
現場のリーダー(所属長)の提案により 10.0 システム部門の提案により 31.6
現場の一般社員の提案により 20.0 環境部門が
自らの課題への対応策として提案
19.3
総務部門の提案により 18.0 環境部門の課題を受け、
システム部門が対応策として提案
17.5
営業部門や販売部門などが、
顧客サービスを課題として提案
6.0 その他の社内の動き 14.0
その他の社内の動き 14.0

案件化のきっかけ(意思決定者の捉え方)(出典:余田拓郎/首藤明敏:実践 BtoBマーケティング:法人営業 成功の条件:東洋経済新報社:P60)

 ここでは圧倒的に「取引先業者からの提案・営業」を受けての数字が高い結果になっており、特にパッケージ型についての反応が大きいことは注目に値します。

 この数字からは、まず接点を確保して提案・営業機会を持てればそれなりの成績が残せそうなのになぜギャップが生じているのか考えてみましょう。

 「営業の本質」という書籍の「日本的成長源泉としての営業力」という項にこんな一節があります。

このような高度経済成長の継続は、その枠のなかにある企業をして、その成長のために、高度な分析やリスクを伴う戦略の余地を不要にさせたのは当然である。なぜなら、たわわに実る収穫物を目の前に、ゆっくり土壌や種の適正を調べてリスクのある種蒔き(つまり戦略構築)をしていたら、収穫遅れを起してしまう。そこではひたすら収穫(営業)に精を出すことこそ賢い対応であり、「分析の知」たる戦略重視より「行動の知」たる営業活動が優先されるのは当然のことである。

 そして「BtoBマーケティング」 には以下の指摘があります。

こういったBtoBビジネスの特徴が「BtoBにマーケティングやブランディングは必要ない」という誤解や軽視ともいうべき認識を生み出してきたといえるだろう。

 ここから見えてくるのは、本質的なところでのマーケティングへの理解の欠如と、誰に訴求しようかを考えず、種蒔きではなく収穫思考でやっている姿が浮かび上がってきます。

 そして近年は、国内向けの事業者であってもマーケティングやブランディングに長けたライバルの存在、低コストで品質も良くなりつつある新興勢力に挟まれた状態で生き残りを図る必要があります。

 冒頭に示したギャップの解消と、選択してもらえる企業への変革には一刻も早くマーケティング活動への本格的に取組みを開始し、まず土壌や種の適正を調べる「分析の知」に経営リソースを割くことが大切ではないでしょうか。

日本企業に欠けているもの

 日本企業が戦略思考に欠ける指摘はさまざまなところでなされており、マーケティング軽視の傾向があることも前述の通りです。

 具体的なところとして、消費財の分野では購買行動の分析について多くの知見が蓄積されビジネスの現場でも活用されている一方、日本のBtoB企業は購買行動の分析、購買プロセスの理解の点で大きく遅れているとされています。

 制作現場でヒアリングをしていると、誰がどのようなプロセスでそれを読んだり、聞いたり、判断するのかを考えているのかと疑問に思う事案も多く、日本企業の購買プロセスの理解不足は納得できるところです。

 購買プロセスの理解については、こちらの「購買意志決定プロセス・モデル」や「シェスの購買意志決定モデル」が分りやすいと思います。


購買プロセスを理解するための「顧客意思決定プロセス・モデル」のプロセスを「問題認知」「必要品目の特徴・数量の決定」「必要品目の特徴・数量の記述」「サプライヤーの探索」「見積り取得・分析」「見積り評価・サプライヤーの選択」「発注手続きの選択」「成果のフィードバック・評価」で定義した例顧客意思決定プロセス・モデル(出典:高嶋克義、南知惠子:生産財マーケティング:有斐閣:P24)


購買プロセスを理解するための「シェスの購買意思決定モデル」を示した図表。購買の決定には様々な要素が関係する。情報源による知的偏向や個人的背景による成員の期待、製品や企業の特定的要因などの購買プロセスの背景があり、購買決定についても自律的決定や共同決定がある。購買決定によるサプライヤーとブランドの選択にはコンフリクトの解消や状況要因が影響する。

シェスの購買意思決定モデル(出典:高嶋克義、南知惠子:生産財マーケティング:有斐閣:P25)

 1つひとつの項目を見ると当たり前のことしか出てこないですし、こんなことは分っていると言う方も多いでしょう。ですが、現場では、相手がどのようなプロセスにあるかを想像しながら営業活動が行えない担当者や、多様なプロセスには対応できない営業ツールが実際目の前にあると思います。

 この図を見てください。


生産財におけるコミュニケーション戦略。「営業の直面する問題点」から「生産財広告の効果」を経て「訴求すべき点」を考えるというプロセス。顧客側の選択的な対応行動という問題では事前効果により企業や製品ブランド名を訴求する。需要者リストの不完全性という問題では問い合わせ効果によって多様な問題解決の方法を考える。また接触困難な部門や階層の存在という問題においてはコンセンサス効果によって企業や製品ブランド名を訴求する。
生産財におけるコミュニケーション戦略(出典:高嶋克義、南知惠子:生産財マーケティング:有斐閣:P154)

 これは生産財の広告戦略の中での考え方として紹介されているもので著者は制作物の中身をヒアリングする時などこの図をよく使っており、対象の制作物がどのプロセスで利用される想定で、どのような効果が必要なのかを前述のプロセスチャートとこの図を使いながら考えることで議論がしやすくなるメリットがあります。

 これからマーケティングに取り組もうという場合には、思考のフレームワークを活用することで、戦略思考やマーケティング・エッセンスをスムーズに取り入れることが可能になると思います。

今回のまとめ

 経営学で必ず勉強することにポジショニング戦略があります。多くの方がご存じだと思うので解説は割愛しますが、リーダーとしての戦略を展開できる会社はほんの一握りで、多くの会社は自分たちの得意分野で勝負していく必要があると思います。

 ITの進歩で技術的な格差が付きにくい事業分野が増えていると思います。このような状況下では似たような会社があるなかでどうやって選択してもらえるかが会社存続の重要事項になってきます。この状況を理解できていればマーケティングを軽視したり、不要だという考えがいかに危険か分るはずです。

 最後に申し上げたいのは、実は"商品力も集客力もそれ単体では売り上げを作らない"ということを受け入れるところから始まり、その上で顧客の属性だけではなく、状況とプロセス理解にフォーカスしながら各セクションが協働していくことが大変重要なのでは、ということです。

 ここを理解してもらうことで、一時期「提案営業」が大事というところでよく語られた「専門的な能力を活かしつつ問題解決を先行的に提案することの意味」が腑に落ちるのではないでしょうか。

 最近はまたベンチャーブームのようで、起業に関する関心も高まっているようです。ただ、起業した会社で事業を続けられるのは5%~6%だという数字をご存じの方も多いと思います。「よいモノを作れば売れる」「このサービスは便利だから受け入れられるはずだ」という話を沢山見聞きしますが、これが本当なら、なぜ起業した会社の9割以上が潰れてしまうのでしょうか? もしくは、潰れはしないまでもよいモノを作っているのに利益率が下がってしまうのはなぜなのでしょうか。このような状況において、事業の付加価値を高めていくには「分析の知」が不可欠だと考えます。

 わたしが大学で選択したマーケティングの授業の多くはBtoCに関するもので、講師の方に聞いたところ、日本で学問としてのBtoBのマーケティングを語れる人はそれほど多くないと言われました。学生の立場としてはがっかりした面もありましたが、逆に未開拓なことが多い分野であればチャレンジのしがいもあると前向きに考えることにしました。

 ここ数年でBtoBマーケティングに関するテキストも増えつつあり、そこで日本企業に欠けていると指摘されていることの多くは、著者が現場で経験してきたことと合致することも多く、この状況とタイミングでBtoBマーケティングについての学びと実践を行うことは将来的に得られるものが多いのではないかと考えています。

 著者の学びのアウトプットを通じ、同じく実践家として頑張っている方々の気づきに少しだけでも貢献できればと考えています。次回は最近流行の兆しのあるコンテンツ・マーケティングについて触れて行く予定です。